営業部
大江 雄太

自分の出した数字で会社が大きくなったと思える仕事がしたい。

営業部でインサイドセールスを担当しています。お問い合わせのあったお客さまに電話やメールで導入のご案内をしてお申し込みをいただきます。訪問することもありますが、基本的に内勤で、効率の良い対応をしてお客さまをお待たせしないようにすることが求められます。2017年の4月に入社して依頼、営業部のメンバーが3倍ほどに増えたので、後輩も増えてきて指導する機会が増えました。
高校までは地元の茨城県で過ごし、サッカー中心の学生生活を送っていました。高校卒業を控えたタイミングで、ただ漫然と大学に進学するより確実に力をつけたいと考え、アメリカの大学に留学することにしました。
アメリカでは慣れない英語の勉強をしながら英語で授業を受けたので、本当に大変でした。図書館が24時間空いていて、勉強するのが当たり前の環境なので、自ずと勉強漬けの日々を過ごしました。最初のころは特にグループディスカッションが辛かった。アメリカ人の生徒は固まってスムーズに議論を進めていて、残された留学生たちはお互いに何を言いたいかフォローし合って何とかしていました。年次が進むと段々英語がうまくなって、みんな混ざって議論できるようになるんです。そうなってくると授業が楽しくなってきました。学業以外では、ダンスサークルに入って現地のコミュニティにも積極的に参加し、勉強とバイトで忙しいながらも現地の生活を楽しむよう意識していました。
専攻は国際経済だったので、世界各国の事例を扱いつつ、幅広く経済について学ぶことができ、視野が広がりました。海外からの視点で日本経済を見るもの面白かったです。例えば、アメリカでは取り引き先の選定に私情を挟まず、会議の場で条件を重視して合理的に意思決定することがスタンダードとされる反面、日本では接待や日頃のコミュニケーションが重視される、と解説されていたりします。
アメリカでの大学卒業後、日本に帰国し、海運業に就職しました。驚くかもしれませんが、東南アジアやアフリカには海賊がいて、海賊に襲われて船が移動できなくなることもあるんですよ。海賊に襲われそうなときは航路を変えたり、事前に保険の手配をしたり、貴重な経験をしました。

そんな中、個人的な事情があり、地元の茨城に戻ることになり、茨城県に事業所を持つ建設機械を扱う企業に転職しました。アメリカ、東京で目まぐるしく成長に邁進する日々を過ごしたお陰で、比較的ゆったり働ける地元では、頑張れば頑張るだけ結果がついてきました。しかしながら、東京本社への転勤で再び東京に戻ることになり、更には親会社の転属が決まるなど、当初描いていたキャリアプランとは大きくかけ離れる状況に身を置かねばならなくなりました。有難いことではありましたが、自分の意志とは関係なく物事が決まっていく環境に違和感を覚え、一度全てをリセットしたいという思いが強くなり、会社を辞める決断をしました。しばらくは事業化を目指しフリーランスとして過ごしていましたが、これからどう働いていきたいか、自分と向き合って考える内に、まずは自分が共感できるビジネスで成長している企業で働いて経験を積みたいと考えるようになりました。IoTやフィンテックなど興味のある事業を扱う企業を色々見ましたが、その中でもフォトシンスには強く惹かれる思いがあり、幸い選考も1日で最終面接まで進ませていただき、その場で内定を受けることにしました。

フォトシンスはみんな上を向きながら部署の垣根を越えて一致団結して進む会社だなと感じています。業務に関しては、正直に言うと、経験豊富な営業メンバーがいる中で、はじめてのインサイドセールスへの挑戦は大変でした。大企業にいた頃は業務も細分化されているし、構造上フォローされていたので、何とかなる感覚がありましたが、フォトシンスは違う。一人一人の責任が重く、会社を背負っているプレッシャーがあります。業務は効率化されていますが、新しい市場ですし、お客さまもさまざまなので、ただ行動量を増やすのではなく、頭を使わないと成果が出ません。そんな中、入社2か月目に、ある指標で一位を獲れたときはホッとしました。お客さまの件数が増えるに従い、自信と責任感が持てるようになっていると感じます。最近は社員が増えて後輩の指導をすることも増えましたが、初心を忘れず、まだまだ自分の成長も追求したいと考えています。もっと数字を伸ばして会社の成長に貢献している実感を得たいですし、将来海外進出する時に、海外市場の開拓を任せてもらえるようになることが目標です。プライベートではいつか南の島に住んでみたいなと思いつつ、今はフォトシンスとともに成長を追求したいと思います。